2018/06/18

再録 『スタートレック』はこうして生まれた 第3回

『スタートレック』(66)がなぜ終わってしまったのか? これはこの作品を支持するファンの人が一度は思うことであろうし、もっともな疑問ではある。今回は、その疑問をそのバックボーンであるアメリカTV状況を中心に考えてみようという試みである。
 今回、触れようと思っているのは、『スタートレック』のSFTV史における位置、『スタートレック』のアメリカTV史における位置、『スタートレック』のSF全体における位置の3点である。総論もその中で、展開していくことになるであろうが、まず、大局的なアメリカTVドラマ史を踏まえて、アメリカTVSF史の概略から突入することとしよう。

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 アメリカSFTV史というものが存在するのならば、1950年代から現代まで、大まかにわけて4つの時代にわけられると思う。以下、詳述しながら触れていこう。
 アメリカにおいて、TV放送が商業的に軌道にのったのは、昭和24(1949)年ころといわれるが、1950年代中期に入り、何人かのTV作家(脚本家)の活躍により、アメリカTVドラマは、第一期の黄金時代を迎える。

『十二人の怒れる男』(54)で知られる良心派の脚本家・レジナルド・ローズ、醜男のため、結婚の相手に恵まれない好人物の肉屋(アーネスト・ボーグナイン)がダンス・ホールで知り合った、これまた美しくない娘と結ばれる『マーティ』(53)で知られる脚本家・バディ・チャイエフスキー、社会派のひとりとして問題作を数々と生み出したロッド・サーリング、庶民の生活を暖かいヒューマニズムを以て描かせては、この人の右に出る者がないとまでいわれたホームドラマの名手・ホートン・フット、職人芸ともいうべき名脚本で大活躍したタッド・モーゼル、デビット・デビットソンなどなど、オリジナルのTVドラマが独自の芸術性を主張していた時代だった。その舞台となったのは、『クラフト劇場』、『USスチール・アワー』、『ジェネラル・エレクトリック劇場』といった屈指の大会社名を冠するドラマ劇場で、質が高い名ドラマを提供して、社会の好ましいイメージを植えつけようとする狙いだった。視聴率やコスト的には、引き合わないものであったが、テレビ局もこれでイメージをアップすることができ、持ち出しで製作するのが現実であった。テレビ界も成長時期であり、スポンサーも一社で提供できるほど、制作費が安い時代の賜物であったのである。

 アメリカの演劇やラジオ・ドラマ、それに映画には、暖かいヒューマニズムとウィットに富んだファンタジー物の流れがあるのだが、それは誕生期のTVドラマの中にも自然現れてきた。そして、その中のいくつかは、TV表現の独自性と相まって最高の効果をあげたのである。こうして、TVドラマの黄金時代に何本ものファンタジーの佳作が生まれた。例えば、妖精や幽霊に出会う話、宇宙人の突然の訪問を受けた小市民の混乱の話、現実に負けて少年時代に逆行してしまう中年サラリーマンの悲劇、魔法使いを呼び出す男のコメディといった物語が続出した。この時代がアメリカSFTVの第一期、TVドラマ黄金時代(54〜60)のファンタジーの時代である。

 TVドラマ黄金時代の作品は、いずれも生放送で、まさにTVドラマ(TV劇)ともいうべき作品だったが、ビデオ・テープやTV映画の普及に従って、50年代後期から次第にビデオやフィルム作品も作られはじめた。お陰で、アメリカ作品を日本でも見られるようになったわけだが、60年代に突入しはじめた時、アメリカTV界は大きな変動の時期に入っていった。オリジナルTVドラマをいくつも生み出した『ロバート・モンゴメリー・プレゼント』、『ラックス・ビデオ劇場』、『カイザー・アルミニューム劇場』、『スタジオ・ワン』、『クラフト劇場』、『マチネー劇場』といった名物ドラマ番組がその放送を終了して、才能ある作家、演出家たちがそのTV局やスポンサーのしめつけに反抗して、TVから去る宣言をして、演劇や映画に移動をはじめたのだ。ローズとともに、TV文芸を支える巨匠であったバディ・チャイエフスキーは、演劇、そして映画に、社会派でならした演出家のジョン・フランケハイマーは映画にと、ほかに何人もの作家や演出家がTV決別の宣言をして去っていってしまった。TVドラマは、いろいろな問題を抱えて、60年代を迎えようとしていたのだ。

 しかし、その中でTVドラマの可能性を信じ、模索し続けている作家もいた。そのひとりが、ロッド・サーリングなのである。ロッド・サーリングは、人間ドラマを描く媒体としてSFを選び、TVドラマの領域自体を変えようと試みた。それが彼自身が制作し、脚本も半分近く担当した『ミステリー・ゾーン』(59)なのであった。すでに放映していた『ヒッチコック劇場』(55)、『空想科学劇場』(56)、『世にも不思議な物語』(59)、『スリラー』(63)、やがては、『アウター・リミッツ』(63)と、SFテレビ界は、変動の60年代を迎え、アンソロジー形式の中にSF感覚をメインに持つ番組として、初めての黄金時代を迎えるのである。これが、アメリカSFTVの第二期、アンソロジー時代(59〜64)のSF番組である。

 この時代の成果は、はじめてTVドラマとSFを結びつけようとしたことで、それは、TVドラマの新領域を開くこととなり、SFとしてもTVドラマという開拓地を得て、新生面を開くこととなり、アメリカ市民にSFを浸透させる大きな力となった。50年代末期は、SFキッド番組、つまり、子供向けSF活劇の大ヒット時代でもあった。『キャプテン・ビデオ』(49)、『バック・ロジャース』(50)、『スーパーマン』(52)と、いくたの宇宙ヒーローが生まれ、そして、消えていった。この時期の成果は、人間ドラマを重視した『ミステリー・ゾーン』、娯楽SFとして目で見るSFに徹した『アウター・リミッツ』という両方向に、確実な実作を残せたことでも立証できると思う。

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 60年代はまた、TVドラマのワイド化と娯楽化の時代でもあった。61年の段階で、CBS、NBC、ABCの三大ネットワークのゴールデン・タイム(アメリカでは“プライム・タイム”と呼ぶ午後7時半〜10時の一番TV視聴者が増える時間帯)のドラマ中、88%までが一時間物TV映画によって占められたのである。ABCのTVプログラミングの副社長・トーマス・W・ムーアは当時、「一時間という時間は、視聴者と製作者の両方にとって、娯楽のための最良の時間である。貴方は一時間以内において、よりよいストーリーを話すことができ、よりよい人間性を用意することができる」と分析していた。また、娯楽化の要素も、ニールセンの資料により、アメリカの各年度の春と秋(3月と10月)のある2週間で、ベスト10に入った番組を62年から68年にかけて調べてみても、シチュエーション・コメディが59本と1/3以上を占め、続いてバラエティが29本(その半分以上がコメディ・バラエティ)、第3位の西部劇が18本で、この60年代の大半をアメリカ人は、コメディと西部劇を主に見ていたことが判明する。しかも、ドラマは62年に3本あったが、63年は2本、64、65年は1本で、後はナシとなり、視聴者が真面目な問題作に注目しないことは歴然とデータで示されてしまっている。

『スタジオ・ワン』、『クラフト劇場』といったドラマ番組の成功が60分枠の基礎を作りあげたという説もあるが、ともかく、60年代中盤に向かい、30分物から60分物へとワイド化が進んだのであった。

 それは、“成人向け(アダルト物)”としての試練でもあった。ゴールデン・タイムで放送される以上、単なる子供物ではない、大人の鑑賞にも耐えうるものとして、作品が完成されねばならなかったからだ。

 この60分物のレギュラー(シリーズを通しての主人公)を持つTVシリーズに、やがて、参加するSFTVにとっても、それは大きな試練だった。並みいる『ペリー・メイスン』(57)、『ローハイド』(59)、『ララミー牧場』(59)、『アンタッチャブル』(59)などの明らかに子供向けではない作品群と娯楽性において、互角に勝負しなければならなかったからだ。

 その最初の勝利者というべきは、プロデューサーのアーウィン・アレンだった。20世紀フォックスTVで、『原子力潜水艦シービュー号』(64)を皮切りに、『宇宙家族ロビンソン』(65)、『タイムトンネル』(66)、『巨人の惑星』(68)と、アメリカTV界の新傾向であるカラー化も含めて、60分物SFTVシリーズの一パターンをこの人は、完全に作りあげてしまったのだ。

 60年代後半、レギュラーを持つSFTVシリーズは、最大の黄金時代を迎える。先のアーウィン・アレンの作品群、シチュエーション・コメディSFの雄『奥さまは魔女』(64)、西部劇とSFとスパイ活劇の合作というブルース・ランズベリー製作の快作『ワイルドウェスト』(65)、アメリカ本国で大ヒットしたコミックSF『バットマン』(66)、ジーン・ロッデンベリーの宇宙SFの傑作『スタートレック』(66)、『逃亡者』(63)で知られるクイン・マーチンプロのサスペンスSFの傑作『インベーダー』(67)と、アンソロジー時代の後を受けて、アメリカSFTVは、円熟のTVシリーズ時代へと入っていくのである。これが第三期のアダルトTVシリーズのSF番組時代(64〜69)である。

 TVドラマは、社会の影響をもろに受ける鏡でもある。60年代後半、アメリカはベトナム戦争が泥沼化することになり、それが引き金となって、政治や政府に対する不信感、反戦運動、女性解放運動、黒人問題、若者のヒッピー化、麻薬の蔓延と、社会の歪みが一気に吹きだした感があり、世界的にあらゆる権威への抵抗感、既成概念への若者文化の挑戦、ニュー・ウェーブ運動、ヤング・ジェネレーションの台頭が巻き起こった。それは、学生運動が激化する日本もまた、例外ではなかった----その中で、日々の娯楽TVドラマの中にさえ、その社会問題を見つめようとする意識が反映されはじめた。
 アメリカ娯楽TVドラマが質的にももっとも高い時期がこの60年代後半なのもその社会と切り離して考えることはできない感がある。

 無罪でありながら殺人犯として追われる主人公・リチャード・キンブル(デビッド・ジャンセン)を描いて大ヒットしたクイン・マーチンプロの『逃亡者』、犯罪ドラマとして、社会の暗部に根ざした社会悪への挑戦と敗北を何度も描いた『ハワイ5-0』(68)、スキャンダラスな内容で人間の暗部を描き大ヒットとなった『ペイトン・プレイス物語』(64)、インベーダーという設定を使い、私たち自身の暗黒部分を結晶化させて描き、非人間性との戦いを描いた『インベーダー』(67)、弁護士物の最高傑作であり、60年代の不滅のTV作品、レジナルド・ローズの『弁護士プレストン』(61)、宇宙SFのあらゆる可能性を使い、差別問題、戦争拒否、人間の可能性とその考え、社会の卑小さを、SFを通して何度も訴えた『スタートレック』などなど、アメリカTVシリーズ中、最良の作品がそれらであった。

 犯罪物の中で、理由なき殺人や暴行、麻薬、社会の腐敗による犯罪が果敢に描かれ出したのもこの時代からであった。そして、アメリカの社会は、病んでいるのではないかという自問と「そうだ」という確信を持ち、現在に至るまで、アメリカTVの犯罪物は『現代』を描き続けている。それは、アメリカTVドラマのもっとも良質な作品群でもある。暴力ドラマとしてしか見ない人が多いのは、極めて遺憾であり、残念でならないということを特に言い添えておきたい。

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 昭和43(1968)年6月5日、『スタートレック』の終了にも影響を与えたのでは、と思われるある事件がアメリカに起こった。ロバート・F・ケネディ上院議員が兄の大統領に続き、再び銃弾に倒れたのである。この事件は、大変な社会問題となり、アメリカ人は、自らになぜこんなに暗殺が続くのか、と自分たち自身に問わざるをえなくなった。
 TV界への影響を端的に記したよみうりTV発行の『アメリカのテレビ その実態と教訓(よみうりTV編・69年10月発行)』から、その部分を引用してみよう。

『ジョンソン大統領は事件発生直後直ちに特別委員会を設けて、暴力の原因を究明し、その防止策を研究することを命令した。その中で大統領はとくにテレビなどのマス・メディアについて「家庭や若者たちのところに到達する電波やニュース、彼らが近所や劇場や映画館で見るスクリーンやその他いろいろな形の情報によって“暴力の種”が育成されるかどうか」という問題を提起し、テレビとラジオのネットワークの首脳者やFCC(電波の監督に当たる連邦通信委員会)の委員たちに、この委員会に協力するよう要請した。各ネットワークの首脳者はこれに応えて時を移さず緊急会議を開き、テレビ番組からの暴力排除の方向を協議した。その結果、これから制作するものについては殺傷場面のある物は中止するとかストーリーを書き直すとかし、すでにできあがったものあるいはオンエア中のものについては、一部をカットするとか撮り直しをするということになった。これまでのアクション・ドラマには必ずといっていいくらい格闘や撃ち合いや殺しの場面が付きものとなっている。視聴者がそれを喜ぶからだ。この場面をカットしたりコミックなアクションに替えたり、ピストルやナイフをツチやメスに替えたりしたら、気の抜けたものになってしまうが、そんなことを言ってはおられない。『バークレー牧場』、『シマロン街道』、『ガン・スモーク』、『ハイ・シャパラル』、『ボナンザ』などの西部劇、『FBI』、『アイ・スパイ』、『スパイ秘作戦』(これのみ英作品)などのスパイ物はもちろんのこと、『いたずら天使』、『パパのオヤジは30歳』、『おお猛妻イブとケイ』、などコメディものまで大ナタが来シーズン(1969〜70年)の番組編成にも及び、アクション物29本、劇場用映画3本に一本が問題になっていると言われ、結局、当たり障りのないコメディやバラエティが増えることになるだろうということだ』(一部引用者が注釈、および、日本題名にタイトルを変更した)。

『スタートレック』がこの中に入っていたことは充分予想され、製作費の高騰とともに、このような問題もあって、『スタートレック』は、その幕を閉じたのである。

 アーウィン・アレンは、『巨人の惑星』(68)を最後に、スペクタクル映画の古巣に戻り、ジーン・ロッデンベリーは、『スタートレック』の後、TVムービーに転じて、アメリカSFTVは、ひとつの空白期間に突入した。70年を境に、あれほど活況を呈していたSFTVは、めぼしい作品も現れず(わずかに気を吐いたのは、グレン・A・ラーソン、レスリー・スティーブンス、ケネス・ジョンソンくらいなものだ)、これはという決定版も現れないまま、時間だけが過ぎ去っている。第4期の混迷化する現代SFTVとは、そのままアメリカのTVドラマに当てはまる言葉だと思えるのは、果たして、筆者のみなのだろうか。苦闘を続け、この混迷を突破せんとしているアメリカTVドラマ人の健闘をただ祈るのみである。
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 いささか余談が過ぎた感もあるが、『スタートレック』は、『大研究1』と『2』で触れた通り、“SF”というジャンルを使って、ロッデンベリーとそのスタッフが常日頃考えていたさまざまな問題(それは、当時のアメリカTV映画では描けなかったベトナム戦争への怒りや政治の暗部、人種差別やあらゆる偏見、セックス、人間の可能性など、あらゆるもの)を含んで、第一級の娯楽TV作品作品を目指して作られたTV映画であった。
 それがすべてだったとも思うし、SFにとっていえば、TVという舞台で、はじめてシリーズ物として、『宇宙船ビーグル号の冒険』のような雄大なスケールとさまざまな価値観を持ち込めることを実証した作品であった。いわば、SFTVシリーズの可能性の大きさを示してくれたのである。
 この作品の大きさをSFが支えていることをSFファンのひとりとして誇りに思う。そして、この物語が79本ではなく、無限の可能性を持つことを今、筆者は確信する。これだけで、充分ではありませんか。

初出『スーパービジュアルマガジン スタートレック大研究3』1982
(6787W)

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